おしるこ跡地

餅食い過ぎ

<016>自作短編小説「ある光」

01
 空を覆う分厚い雲は鉛色をしていて、明らかに雨を持っている。一度降り出したらすぐには止まないだろう。わたしは河原に腰掛けて、知らないおじさんたちが釣りをするのを眺めている。釣れたり釣れなかったりして、おじさんたちはワンカップ大関を燃料に釣りを続ける。それをわたしは無目的にぼんやりと眺めている。

 

 

 


 雨が降る前に帰ろうと思い、スマホを確認する。研究室のボスから2件のメールがきている。今日は「絶対来い」と言われた研究室のミーティングの日だから、それをサボっていることに対する叱責に違いない。ご苦労なことだ。読まないで消す。研究室の同期3人からLINEがきている。やはりミーティングをサボっていることについてのなんやかやに決まっている。大方ボスに言われて連絡を取ろうとしてくれているんだろう。読まないで非表示にする。着信も何件か入っているが、そんなものまるっと無視だ。
 いっそスマホ自体を川に投げ捨てたい気もするけれど、さすがにもう大人なので、現実には投げない。まあ大人は無断で欠席しないだろうけど。ジーパンの後ろポケットにスマホを突っ込むと、わたしは家路についた。

 ちょうどボトボトと大きな音を立てて雨が降り出したタイミングで家に入ると、母親と大学生の弟の爽太が大判焼きを食べているところだった。15時か。我が家では驚くべきことに、全員成人しているにもかかわらず、未だに「3時のおやつ」が出る。「あんたも食べる?」と言って母親が電子レンジで余っていた大判焼きを温めて、更にコーヒーも用意してくれる。「なんか最近あんたたち学校行ってなくない?」
「大学院生はそんなに学校行かなくていいんだよ、わたしは人文系だから論文とかはじぶんちで作業できるし」とわたしが言い、弟もそれに同調した。「そうそう。ぼくは院生じゃないけど、あと卒論だけだから1週間に一回行けばいいんだよ」
「そんなもんか」
 わたしの言い訳が真でないように爽太の話も嘘かもしれなかった。でも高卒の母にはそれは分からない。だから今は、三人でケラケラ笑いながらワイドショーを見るのだ。
「それにしたって暇ならバイトでもすればいいじゃん」
「ないわー」
「ないねー」
「いないよ、二十歳すぎて親からお小遣いもらってる子なんて」と母親はため息混じりに言う。
「だって家サイコーだもんね」
「一分一秒でも長く家にいたいよね」
「特にこんな大雨の日にバイトだったらそれだけで寝込めそうだもんね」
わたしと爽太は毎月15,000円の小遣いと定期代をもらっている。出不精で友だちも極少なわたしには15,000円の小遣いで十分なのだった。
「あんたたち来年から本当に働けるのかね」
「まーなんとかなるしょ」
「田舎から出てきた体で世間知らずを装えばいいかな」
「とりあえず笑っておけばいいんじゃん?」
「案ずるよりって言うしね」
 わたしと爽太はまたケラケラと笑ってコーヒーを啜った。

 自室に戻ってベッドに寝転がりながらコジコジを読んでいると、エリから電話がくる。無視する。数回に及んできた着信をすべて無視すると、今度はLINEが入る。「一昨日にセツが亡くなったって。葬儀とかあるからとにかく連絡して」秒で返す。「知ってる。葬儀には行かない」そんなのそのときからずっと知ってた。「あんたいくら引きこもってるからってお葬式くらい出なさいよ。友だちでしょ?」無視する。セツとは生前に「お互いが死んでも葬式には行かない」と約束してあったのだ。
 それにしても、セツが死んだんだって他人から改めて言葉にされると茫然とする。そして悲しい、寂しい、つらい、苦しいなんて言葉では表せないよくわからない経験したことのない感情が生まれてきて心が潰れる。ときどき発作的に泣き止めなくなる。抑えきれずに嗚咽が漏れる。でもどんな気持ちも振る舞いも、言葉にすると薄べったい。そうじゃない。そうじゃない。うらやましいうらやましいうらやましいうらやましい。
 本当にはわたしが死にたかったんだ。

02
 セツがいなくても当たり前に世界は回る。世の中は師走。先生じゃなくても走る忙しない季節。世の中は全部がクリスマスカラーだ。溢れる光が世界を祝福している。
 高校のとき仲良くしてた4人でリコの家で忘年鍋をすることになった。リコは4人の中で一人だけ実家を出ていたので、わたしが参加する飲み会はリコの家で宅飲みをしてくれる。みんなは口々に働け働けというが、結局は甘やかしてくれている。
 みんなで会うのは半年以上ぶりなので、乾杯の後はまずは近況から報告しあう。
「転職したら天国だった」
 とタカユキ言う。
「前のところブラック過ぎたもんね」
第二新卒枠?」
「勇気出したね」
「よかったね」
「週末遊べる喜びを噛みしめてるよ」
 みんなで再度乾杯をする。
「彼氏できて超幸せ」
 と次にゆみちが言った。
「うぇ?」
「パードゥン?」
「げふっげふっ」
「おいふざけんな」とゆみちがドスの効いた声で言う。
「え、誰誰誰?」
「会社の同僚なんだけど、さりげなく気を使ってくれたりなんかお菓子よくくれるなーと思ったら告白されて付き合うことになったんだ」
「ゆみちがそんなまともなプロセスを経て付き合うのって珍しくない?」
「バンドマンとか作家崩れとかだったじゃん今まで!」
 好き勝手に驚きを口にしたらゆみちがむくれる。
「あれは、わたしが悪かったんじゃなくて、文学部って環境が悪かったの!」
「いやわたしも文学部なんだけど」
「まあでも何にしてもめでたいじゃん。やったー」
 再び乾杯をする。
 次はわたしの番だ。
「いやーわたしはもー、籍だけは大学院にあるけど、実態はニートだわ」
「学校まだ行けてなかったんか」
「行く気がもう無いや。そろそろボスに話して退学の手続きしないとなー」
 妙にみんな黙りこくる。そりゃそうだ。
「いえーい、ニートカンパーイ」とわたしは無理やりみんなの乾杯を引き出した。そして明るく言う。
「リコはー?」
「わたし?わたしはね……」リコが真剣な眼差しで言った。「最近ものすごい愛されたい」
「ん、好きな人できたの?」
とタカユキが訊くと、そうではないと答える。
「とにかく!愛されたいの!愛されが足りないの!」
「ご、合コンする?」
「そういうんじゃなくてさー」
「えーでも好きな相手決まってるわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけどさー」
「いや決まってるでしょ」とわたしが言う。「そもそも誰の愛が欲しいなんて、相手限定的じゃん。誰でもいいわけじゃないんだしさ。いきなり電車の席の隣に座った奴が告白してきてもキモいし、自分の中で生理的に受け付けない人が愛をくれるっつってもいらないじゃん。最初から誰の愛が欲しいか、決まってるんだよだから。まだ知らない誰かを、知らないのにすでに好きでいて、その人にも愛してもらいたいってことなんだよ」
 シーン。
「お前乙女だな」とタカユキがわたしに言った。
 それからりこに運命の出会いがあるように、4人で乾杯をした。

 帰り道、酔い覚ましに地元の駅から家まで遠回りをして河原を歩く。12月の23時の川なんて誰もいなくて、広くて深い大きな水の塊があるだけだ。
 愛が欲しいとリコは言った。
 リコはひょっとしたら弱ってるのかなと思う。その辺の悩み事を聞いてあげるべきだったかもしれない。何もないときに「愛が欲しい」なんて、人は別に思わないと思うから。
 愛か。わたしは誰かの愛を、それが訪れることを、盲目的に信じることができるだろうか。できていただろうか。
 セツの?
 それは違う。セツとわたしの間にあったのは、そんな甘い何かじゃない。なかった。
 いやでもそうなのか?
 セツと出会う前に、わたしはすでにセツを好きでいたのだろうか。
 でもきっとそうなのかもしれない。
 だとするとセツが死んだ今のわたしはどうなんだろう。まだ会ってもいない誰かのことを、もう大好きなのだろうか。セツが死んだばかりなのに?セツはもう戻ってこないのに?
 それにしても、どれだけ仲良くしてくれる人の中にあっても、友だちが死んだ話なんかできないものだなと思った。場の空気も重くなるし、それにわたしはセツの存在を友だちたちには秘密にしておきたかった。セツの死を軽い飲み会の話のネタにしたくなかった。
 真っ黒な川に石ころを投げてみた。当たり前だけど、どこに着水したかも分からなかった。

03
 寝巻きのままトーストをかじりつつ朝ドラを見ていたら、ついに家に電話がかかってきた。研究室のボスからだ。たまたま受けたのがわたしだったからうまく茶を濁せたが、心臓に悪いからやめてほしい。
 曰く、来年度の夏学期に向け、留年するにせよ休学するにせよ退学するにせよ、一度話をしに来いと。そんなことできたらとっくにしてるよと思いつつ何しろわたしは常に暇なので今日これから大学に行くことになった。
「君はまったくメール見てないのか」
「……はい」
「……はぁ。まあいいからとにかく来なさい」
「はい」
 意思は退学で決まっている。すでに区役所に就職も決まっているし、公務員試験には修士課程の修了は要件に入っていないから肩書も必要無い。大学院に進んで半年で不登校になったので、慌てて勉強して今年の地方公務員試験を受けたのだ。
 急いで着替えて化粧して家を出る。空は晴れていて日差しは少し暖かく、わたしは勝手に天から応援されてる気分になる。今日ボスとの話し合いを終えればもう放免のはずだ。そのまま退学届を出そう。大学院の同期には会わないで帰ろう。帰ったら親を適当に言い含めよう。よしよしやることはシンプルだ。できるできる。というかやるしかない。
 電車の窓から赤い屋根の家の戸数を数えていたけどあんまりに無さすぎてつまらなくてやめた。ドアポジで寄りかかってぼんやり立っていると、スーツの男の人が席を譲ってくれる。わたしは杖をついて歩くので、電車でこういう親切を受けることがよくある。都会って別に冷たくないよなあとしみじみ思い、いつものようにお礼を言って、席に座った。
 大学までは歩きも入れて大体50分くらいだ。10時に来いと言われたので9時50分くらいにコソコソと文学部棟に着く。エレベーターが無い古い校舎の階段を、時間をかけて4階まで上る。何言われんのかなー怒られんのかなーこの歳で親にチクられたりしたらやだなー。ボスの部屋の前で逡巡してしまう。そもそもボスは好きじゃないのだ。パワハラ、セクハラ、不倫、謀略。そんな中でも実績だけは抜群だったので誰も非難できない。そういう大人の嫌な部分をこれでもかと見せつけてくる「大人」だった。
 研究室の扉をノックして入る。「おはようございます」に返事はなく、椅子に座るよう促される。「すいません」と言ってわたしは座る。
沈黙。
「単刀直入に訊くけど、今後どうするつもりなの?」
「……4月からの就職が決まっているのでこの冬学期で退学しようと思ってます」
ボスはコーヒーを一口飲んで長いため息を吐く。
「そもそもどうして大学来なくなったの?」
「自分でもよくわかりません」
 そう答えながら、よく分からなくなんてなくないよと思う。ボスからの博士課程の先輩に対する見え見えのパワハラ、学部同期に対するしつこいセクハラ、度重なる不倫、嫌いな教授への嫌がらせ。そのどれもが気持ち悪くて気持ち悪くて、仕方なかった。他にもボスの雑用が次から次へと降ってきて、授業に出る暇がなくなったのも一因だ。わたしだって人間だ。精神的にも物理的にもキャパシティが有って、それを超えたら何もできない。そうして修士課程1年目の冬学期から、学校に来なくなった。最初は研究室のミーティングとゼミだけは出ていたが、それも無理になった。時間が終わると他の院生と話すこともせず、駅まで急いでトイレにこもって際限なく泣いた。なぜ泣いているのか自分でも分からなかったけれど、とにかく涙が溢れ出した。そうしているうちに、1年目の冬学期の途中から不登校になった。
「僕は君に期待をしていたんだ。真面目で勤勉、人当たりも良くて、頭だって普通な人より明らかにいい」
「……買いかぶりですよ」
「今からでも遅くない。学費はなんとかなるように仕事を振るから、戻ってこないか?」
「いやあの」
「君は上に行くべき人間なんだ」
「そう言ってくれてありがとうございます。でももう決めたので」
 ボスが少し黙る。それから机をグーで叩いて怒った風に言う。「なんでそんなに素質があるのに!」
 わたしは最後のセリフを言う。
「今までありがとうございました。迷惑かけ通しでホントにすみませんでした。今日このまま退学届を提出して帰ります」
 ボスの返事を待たずに部屋を出て、教務部に寄って退学届を提出した。もっと清々しい気分になる予定だったけれど、そうでもなかった。ただただ気持ち悪かった。ただただ空しかった。駅のトイレでひたすら手を洗った。
セツに「アッサは完璧主義の潔癖だよな」と言われたことがある。その意味が、今更なんとなく分かる。「まあ、俺もだけど」と、そのときのセツは笑っていた。

「ただいまー。学校やめてきた〜」と努めて明るく、カジュアルに報告した。「え、なんで」と母親が当たり前に訊いてくるので「先生がきもかったから」と答えた。
「就職はどうなるの?」
「学部出てればOKだから無問題だよ」
「そうなの。あんたでももったいないことしたねぇ」
「学費は元々自分で借りた奨学金だから、自分でコツコツ返すよ」
「まあ納得して決めたんならいいけど」
 母親は甘い。父親は怒るかもしれない。けど、甘んじて怒られるしかない。怒られさえすれば、あとはもう全部おしまいなのだ。そう考えれば気が楽になる。

 遅めの昼ごはんを用意してもらってもりもり食べて、性懲りもなく河原で座ってぼけらっと大きな水の塊を見ていると、大学院の同期から電話がかかってくる。でも出ない。出たところで今更どうにもならない。なぜわたしなんかに構うんだろう。逆の立場ならわたしもそうしたのだろうか。何か困るのかな。あーボスがスーパー不機嫌になってるとか、そういうことへの文句ならあり得る。けどそんなの知るかーい。もう一生関わる気も無いし着拒して切ろうかなと少し思うけれど、さすがにそこまで無碍にすることができない。
 誰かを切ることは、誰かに切られるよりつらいしずっとエネルギーが要る。「切る」という言葉の強烈さとか、「何様なんだよ」という自虐とか、誰か第三者をきっと巻き込んでしまうという罪悪感とか、そういうのがいちいち重たくて、それに耐えてまで誰かを切る必要なんてあるのだろうかと思う。とか言いつつ無視してる段階で既に半分以上切っているんだけど、一応。
 好きだったのかなみんなのこと。一緒に卒論書いて、一緒に院試の勉強して、一緒に少し高い居酒屋で合格を祝いあって、一緒にアメリカでのサマープログラムに参加して、一緒に平日学校をサボってディズニーにも行った。そのどれもが楽しかった記憶はあるけど、そのあと1人になるとほっとしたのも確かに覚えていて、そういう関係って健全なのだろうかとか考えてしまう。まあでもみんなそうなんだろうなって思うしってあれじゃあいよいよなんで一緒にいるんだよという気持ちが湧いてきて困ったりする。なのにまた会う約束をして、何かして遊んで、その後でまた同じようにほっとする時間がやってくるのだ。でもそれすらももう一年以上前までの話で、不登校になってからは同期の誰とも遊んでいない。
 さすがに最後くらいは挨拶するかと思い、LINEを開く。未読スルーしまくったトークで埋め尽くされたトークルーム。なんでここまでしてくれるんだろう。
「みなさん!お久しぶり。今日退学届出して来たよ。4月までニートだぜー。いろいろあったけど、根気よく連絡とってくれようとして、本当にありがとう。全部無視して本当にごめん。みんなのこれからの人生が順調に行くように祈ってます。あと修論のラストスパートがんばれ〜」送信。
 これがわたしに残された精一杯の社交性だった。なんと返信が即座に来る。「まじかー今までお疲れ様だよー」「落ち着いたらお疲れ会しようぜー」「おおついに決めたんだね。頑張ったなぁ。先生とバトルだったのかな。今日めっちゃ不機嫌だったわ(笑)」
 みんな優しい。この一年半弱、あらゆる連絡を無視して無視して無視しまくってたのに。みんなの優しさが怖い。怖くてたまらない。優しくされる権利なんか、わたしには一ミリもないのに。
 でもそこでセツの言葉を思い出す。「誰かが誰かに優しくするのに、理由なんていらないでしょ」
 言葉としてはそれは正しいと分かった。でも心の中ではやはり、心理的な負債を負ってしまった気になって、後ろめたい気分になる。
 セツは続けた。
「優しくしてもらった分本人に返そうなんて思うから苦しくなるんだよ。優しさってのは、何も相手と自分の間で完結しなくていいんだよ。その人とは別にアッサが優しくしたい人ができたときに、その人に深い心を分ければいいんだよ」

04
 葬儀や形見分けなんかを通じて、あるいは単に時間が過ぎて、セツの周りは少しずつショックを乗り越え、落ち着きを取り戻す。セツのいないTwitterが気持ちに馴染んでくる。
 それからさらにしばらくして、セツを思い出す回数がみんなどんどん減って、そのことがまるで悪いことというか気まずいことのように感じられて、 3月にエリ主催の弔いの飲み会が開かれる。人数は9人で、ほとんどがTwitterでセツと絡んでいた界隈で、わたしもエリに言われてほとんど無理やり参加させられることになった。直接会ったことがあるのはエリだけだ。Twitterで普段絡んでる人はえりを含めて2人だ。あとの6人はまるっきり知らない。
 セツが好きだった綺麗な焼き鳥屋でその会は行われる。エリと店に入るとすでにメンツは揃っていて、わたしたちが一番最後だった。
 エリに促されて髪の短い女の子の隣に座る。
「あたし、いちか。よろしくねー」
「わたしはアッサ。よろしくー」
 わたしとエリがそれぞれ席に着くと、セツの好きだった「とりあえず」のビールを頼み、待っている間に簡単に自己紹介をした。
 初対面というか初絡みのカッチン、ボクサー、いちか、まぜごはん、サンダル王、カナ。それからわたしも普段から絡んでるエリとミウラ。わたし以外は葬儀のときに既に顔を合わせていたらしい。「アッサですよろしく」とヘラヘラしてみても、なんとなく雰囲気ができ上がって、驚くほど居心地が悪い。
 でもこれはセツを弔う会なんだ。居心地が悪いとか言ってられない。葬儀にも出なかったわたしが、誰か他人と一緒にセツの死を悲しむ、最後のチャンスなのだ。
 カッチンとボクサーはセツの大学の友だちだったが、わたしを含め他の7人はTwitterで知り合ったメンツだった。そのうちわたしが知っているのは前述の通りエリとミウラで、セツとは主にドラクエ繋がりで仲良くなった。いちかとまぜごはんとサンダル王は写真を撮る人で、セツはその被写体だった。カナは杖をついて歩く人で、セツと同じ病気だったことからよく話すようになったということだ。
 いちかたちカメラの人3人が、それぞれ撮った写真をプリントアウトしてアルバムにして持って来てくれていて、はじめのページからめくってみる。いい写真とか悪い写真とか判断できるほど写真の素養はまったく無いけれど、どの写真もすごく綺麗だなと思った。海岸の堤防に立って、尻ポケットに両手を突っ込んで夕焼けの海を見ているセツの後ろ姿、そこら辺の児童公園で子ども用の遊び道具にまたがったセツの満面の笑み、誰もいない早朝の大学のイチョウ並木で真っ黄色なイチョウの落ち葉を投げて舞いあげてそれを両腕で受け止めるセツの無邪気さ。
 セツは身長は170センチくらいしかなかったけど、細くて手足が長く、綺麗な顔をしていたから写真映えした。
「すごいね」とわたしはそのくらいしか言えないんだけど、そう言った裏で心の中では「なんで写真の中でセツは杖をついてないんだよ」と思う。まあでもきっと被写体とはそういうことなのだろうなとボンヤリ写真を眺めているといちかが「好きな写真取ってっていいよ、家にデータあるから」と言ってくれる。わたしはその言葉に甘えてアルバムを再度めくり、3枚もらうことにした。そのうちの一枚はセツと恋人のキスをしている後ろ姿だ。キスしているただそれだけなのに、逆光に祝福されたようなそのキスは、見たことがない程美しい一瞬だった。

 それなりに場も温まって、セツの話を沢山して、どんどんしんみりして、そのうちにみんな黙ってしまった。
 最初にエリが口を開いた。
「わたしは絶対このセツの選択を許さない」
すると他のみんなも同調する。
「ホント、死んで何になるんだよな。納得できねーよ」
「あんなにかわいい彼女もいんのにな。認めるなんて不可能だよ」
「まだこれから楽しいことだって絶対沢山あったはずなのに、もったいないよね」
 酒の力も相まってサンダル王なんか目を真っ赤にして泣き出した。
 カナとわたしはその言葉達を黙って聞いている。わたしたちは、身体が痛くて生きていくというのがどういうことなのか、分かりすぎている。
 ラストオーダーが終わって、最後に水を飲んで、終電の時間が迫って、解散になる。「また会おうね」っていう白々しい言葉を交わして、別々の電車に急ぐ。満員電車では席を譲ってもらうことも当然できない。全身が痛くて電車が揺れるたび眉間にしわが寄る。でもわたしたち病人が街に紛れて生きていくとは、つまり、そういうことなのだ。死なないでいるということは、こういうことなのだ。

「許さない」「納得できない」「もったいない」人が死ぬたびにその言葉が使われまくる。わたしはこの24年の人生の中で友だち2人や先輩や先生、そしてセツ、この5人の自殺を経験した。そのどの死の際にも周りの人もみんなもれなくそうした言葉を口にした。その度にわたしは思った。なんで苦しんで苦しんで苦しんだ人が、やっと苦しまなくなったのに、それを認めてやらないんだよと。
 悲しい、寂しい、つらい、残念だ、苦しい、泣き止めない。それなら個人の心の過程だから誰かが文句をつけられるものではない。思う存分その気持ちに没頭することで、人は他者の死を受け入れていくのだろう。でもなぜジャッジする必要があるんだ。別にセツだって誰かに認められたくて死んだわけじゃない。誰かを悲しませることや、誰かを苦しめることも、頭には浮かんだだろう。でもそれをもってもなお、つらくて苦しくて耐えられなくて、やっとのことで自分の死を選択したのだ。
 なぜもう苦しまなくていいことを、一緒にほっとしてやれないんだ。
 なぜもうつらくないで済むことを、一緒にもっと肯定してやらないんだ。
 セツはもうずっと何年も何年もつらくてたまらなかったんだ。なんでそれを「許さない」なんで言葉で評価するんだ。
 帰りの電車はエリと一緒だったけれど、どうしても一言も話しかけることができなかった。エリも黙ったままだったけど、それはお互いに正反対の意味だったんだろうなと思う。
 次の駅で降りるというときにエリが封筒を渡してくれる。「アッサさま」と宛名が書かれている。
「セツがね、何人かには個別に手紙を残してあったんだって。お葬式のときに預かったままだったの。まあわたしには無かったけどね。ふふ。ちょっとジェラシーだから渡すのやめようかと思ったけど、そういうわけにもいかないもんね」
「ありがとう」
 わたしはほとんど泣きながら、そう言った。


05
 前に付き合っていた人がいる。もう10年前だ。杖になる前の頃で、他校の文化祭で知り合った男の子だった。付き合ってる間は沢山喧嘩もしたけれど、基本的にはよい思い出として残っている。別れたのは、わたしの身体が痛くなってしまった後、どうしても気持ちを分け合えなくなってしまったからだ。なんで分かってくんないの!と言い争いの中で何度も怒ってしまったけど、今思えば分かってくれなくて当然だと思う。自分で経験しないことは、想像するしかできない。想像もできないことは、理解だってできない。
 それ以来、恋人を作ったことはない。大学にいる間も何人かに告白されたけれど、すべて断った。少しいいなと思う人ができても、友だちの方がラクでいいやと思い、その気持ちを育てようともしなかった。バカ言って笑って楽しい時間を共有して適度な距離があってでもだからこそ思いやりあえる、そんな「いいあんばい」の友だち関係を選んでしまった。
 セツと知り合ったのはTwitterで、セツの方から「メタルキングの丘ってどこですか?」と訊かれたのがきっかけで話すようになった。わたしが21歳で、セツが18歳だった。その頃セツは大学に入学したばかりで、授業に出るのもサボって遊ぶのも、何もかもが楽しいみたいに見えた。
 最初に会おうと言ったのはセツで、ドラクエの展示に行こうというので待ち合わせをした。
 セツは出会った最初から特別で、何しろ杖を使って歩いていた。自分以外の同年代で杖を使って歩いている友だちも知り合いも街の人も知らなかったので、初めて出会った仲間だった。
 杖をつく同志だけれど、わたしとセツは違う病気だった。わたしの病気は遺伝病で難病指定もされており、身体中痛いけどよく効く薬がすでにあった。それでも全部の痛みや手足の使いづらさは残るから、杖をついて歩いている。セツの病気はまだ理解が進んでいなくて原因も分からない「たぶん免疫系だろう」みたいな扱いで、よく効く薬も治療もなくて、程度の差こそあれ、毎日毎日寝ても寝ても寝ても、起きたら身体がとにかく痛い病気だった。機序も何も系統だった病気の解明もまだだったので、人からは「怠けてるだけ」と言われることもあり、セツはその度に深く傷ついていた。
 誤解を恐れずに白状すると、傷ついているセツは、まっすぐな目をしていて本当に美しかった。セツは誰かや何かを諦めない。だからいつも傷つくことになった。人とぶつかることも多かった。他人の悪意がセツを包み込もうとするとき、セツの中に生まれてくる怒りとか憎悪とか嫌悪とかの暗い感情を身体から必死で追い出そうとした。誰かを恨んだり羨んだりしてしまうときは、そんな感情に支配される自分に向き合わされ、そのことが自分で許せなくて、とにかく傷ついていた。傷つくほど透き通っていくようだった。
 セツは、いつも心から笑っていようと努力していた。自分や他人の気持ちをコントロールして要領よく振る舞うことを嫌ったセツは、いつも生まれたてのように、奇跡みたいに美しかった。神さまがわたしに用意してくれたのだと、半ば本気で思った。
 でもセツにはすでに恋人がいたし、わたしには誰かと恋愛をする気がなかったので、お互い一番の親友というか戦友のポジションに落ち着いた。バカな話をして笑って、二人して文学にかぶれて小説の貸し借りをしたし、ミスチルの新しいアルバムが出たら感想を朝まで言い合った。体調が悪いときにはそれと分かる合言葉を作ってツイートした。誰にも理解されない苦しみを、こっそり二人で分け合って軽くするためだ。
 病気がひどくなって休学することになったとき、セツが泣くのを初めて見た。身体が痛くて泣いているのか、人生の中でいつ終わるかも分からない「一回休み」を食らわされて悲しくて泣いているのか、本人にしてもなんだか分からないうちにとにかく泣いてるのか、わたしには判断ができなかった。並木道のベンチに座り際限無く泣くセツをなだめるために抱きしめると、その細さを改めて知って、わたしまで泣けてしまった。
 しばらくするとセツの気分も安定し、また前のようにTwitterに現れるようになった。身体の痛みが比較的マシな日には家の外を散歩して、道の傍に咲く名前も知らない草の写真を撮ってアップした。セツのお母さんの車で遠出して温泉を巡っては、楽しそうなツイートをした。でもわたしはセツの楽しさとはものすごい努力の末のものだとすでに知りすぎてしまっているから、セツという存在の綺麗さの中に不完全さを見出して泣いてしまうのだった。
 セツが死んだ日のことはよく覚えている。よく晴れた12月の火曜日だった。セツが外出してのんびりとしたツイートをしていて、それは普段通りだった。特に死をほのめかす言葉はなかった。タイムラインには朝から楽しそうなツイートが続いた。「電車で海まで向かってる。久々だー」「今日天気ものすごいいいな」「海鮮丼美味しい店探しとくの忘れた」「海遠いな」「海に行くならやっぱ京急だよね」「アッサに借りた本持って出たけど、景色ばかり見てしまう」「今見てる景色をとにかく覚えておきたい」「写真みたいな記憶力ある人羨ましいよなー」「うん!いい一日だ!」
 わたしはその日調子が悪くて、セツのツイートは見ていたけれど反応せずにいた。でも読み続けてるうちに違和感があることに気付いた。明るすぎる。清々しすぎる。もしかしたらセツはこのまま死ぬのかなと思った。止めなきゃと思った。けれどわたしは身体の痛さがピークに達し、ほとんど気を失うようにして眠ってしまった。
 夜、ようやく起き上がれるようになって、真っ先にTwitterを開いた。
「海はやっぱすごいや」
 それがセツの最期のツイートだった。それとは別にわたしにはDMもあった。「アッサにも見せたい景色だったよ」
 セツはもう死んだんだっていうことが、考えなくても分かった。

06
 弔い飲みの後、エリから受け取ったセツからの手紙を開けずに3日経った。何が書いてあっても、必ず泣くということが分かっていたからだ。
 セツの死は悲しかった。つらくて苦しかった。なんで止めなかったんだろうと自分を責める気持ちもある。でもセツは迷わず死に向かったというのが分かるので、止めたってきっと無駄だったんだろう。セツは、きっと自分のことも、周りの人のことも、病気のことも、全部を自分一人で引き受けることにしてしまっていたんだと思う。だからわたしはわたしを責める必要は本当には無い。でもそう簡単に割り切れるほど弱い関係ではなかった。初めて出会った同志だった。驚くくらい綺麗なセツの存在。
 でもわたしにあった感情は悲しみや苦しみだけじゃない。セツが死んだことが、とにかくうらやましかった。もう本当にうらやましかった。セツはもうこれで未来永劫奇跡みたいな尊さとしてわたしや、おそらく周りの人の心の中にも残り続ける。美しいままで残っていける。そして身体も、もう痛くなんかない。痛くなんかないんだ。
 それから少ししたある日、わたしは夜中の3時に家をこっそりと出て、川まで歩く。人道橋の手すりに腰掛けて月を見る。満月の明かりを頼りにセツからの手紙を読む。

『真下麻美 様

 改めて何かを書こうとすると、
 何も出てこないね。
 薄かったんかな、俺の人生。

 最後、俺の心の中にある光が
 永遠にアッサの命を
 照らし続けるように願ってます。

 ごめん。初めから大好きだった。
 ありがとう。

       木下雪』

 セツが撮った何枚かの草や花や動物たちの写真が同封してある。どういう意味なんだろうと考えるけど、意味なんてきっとないのかもしれない。
 人道橋の手すりの上に座ったままうぐぐぐっすっぐううううみたいな感じでみっともなく泣いてると、近隣住民に通報され、二人の警察官が来てあっという間にわたしを手すりから下ろしてしまう。
 わたしは死んだセツがうらやましかった。だからセツを追うつもりで家を出た。セツを追うつもりで橋の手すりに座った。セツを追うつもりで処方されてるすべての薬とスーパードライを3缶持ってきていた。
 でも手紙を読んでわたしは自分が間違っていたことに気付く。何をすべきだったのか分かる。
 セツを止めることはきっと人生を何回やり直しても不可能なんだと思う。
 だから止めなかったことにもう罪悪感は持たなくていい。そしてうらやむ必要なんか本当には無い。何しろあの奇跡みたいな人が、その心の中にある光でわたしの命を照らし続けてくれるのだ。それだけでわたしの命は本当に救われるはずだから。
 ただ一言、大好きだと伝えるべきだったんだ。恋とか、愛とか、よく分からない概念を持ち出すまでもなく、わたしは初めからセツを、出会う前から好きで好きで仕方なかった。それをなんとかして伝えるべきだったんだ。結果はきっと変わらない。それでも何回でも好きだと言い続けるべきだったんだ。それだけが本当にすべきことだったんだ。
 警察官によって手すりから下されてもわたしはまだ泣き止むことができない。何があったのか聞いてくるけど泣き止めないから話にならない。
 スーパードライを没収され、薬を鞄にしまわされ、腕を掴んで家の前まで連れて帰られる。ぐずっぴーふにゅみたいな泣き声のままお礼を言って、家に入る。
 セツ。
 わたしは思う。
 生きているだけで傷ついてしまう君のことを、生きているだけで、大好きだったんだ。
 そしてセツが願ってくれたように、わたしも願う。
 どうかわたしの心の中にある光が、セツの最期にセツの命を明るく照らしたのでありますように。

 祈るよ。