おしるこ跡地

餅食い過ぎ

<072>短編小説「川のようにぼくら」

「川のようにぼくら」
01
 雨がひどい。しかし傘は無い。というかあったとしてもさせない。自転車で移動中だからだ。ぼくは事務所のゴミみたいに古い自転車のペダルをいつもより強く踏み込む。錆びたチェーンがカラカラと音を立てながら自転車は進む。湿った風が吹き抜ける街は海の匂いをいつもより強く帯びている。ぼくは必死で事務所へ急ぐ。けれどどれだけ順調に走れてもあと20分はかかる。スマホで確認した雨雲の動きはよそにそれる様子もなく、しばらくは降り続けそうだ。無慈悲な赤信号に捕まるぼくはパンツまでずぶ濡れになるだろう。けれど事務所につきさえすれば着替えが置いてある。赤信号が青に変わって、ぼくは両手で頬を叩き、またペダルを踏み込んだ。

「あははそれ何やってんの?」
 やっとの思いで辿り着いたぼくを見て笑ったのは2年先輩の庄司さんだ。庄司さんは雨ガッパを着込んでいてそれほど被害もなさそうにタバコを吸っている。
「あーまた駐輪場でタバコ吸って、怒られますよー」
 ぼくはそう言ってからびしょびしょの頭を左右に振る。
「犬かよ」と庄司さんがまた笑う。「タオル取ってきてやるよ」
 そう言って本当にすぐにバスタオルを持ってきてくれる。ついでに自販機であったか〜い缶コーヒーも買ってくれた。
「本当にありがとうございます」
「書類とかは無事か?」
「あ、雨が降ると知っていたので今日は紙類は持ち出していません!」
「えっなんで自転車で行ったの?」
「いやそこは行けるかなって」
「わけわからん」
 庄司さんにお礼を言って、ぼくはロッカールームに向かった。途中で2、3人の同僚とすれ違ったが、笑われこそすれ心配は一切されなかったあたり、自分のキャラ設定を間違えたかなと少し思う。まあでも心配されるよりは笑ってくれる方が、ぼくは嬉しいのだ。
 ぼくがこの仕事に就いてもうすぐ5ヶ月経つ。仕事にもうすら慣れてきて、同僚たちの仲間としてさすがに認めてもらえてるのではないかと思う。ぼくのいる部署は課長まで入れると全部で15人いて、女性がぼくも含めて10人、残りの5人が男性だ。大変仲が良く、しょっちゅう夕飯を食べたり飲みに行ったりしている。誰も少なくとも表面上は誰のことを嫌ってもいないようだし、誰も少なくとも表面上はいがみ合ってもいない。どちらかというとみんなを薄い膜みたいに好意が包んでくれていて、誰もにとって少なくとも表面上はこれ以上無い同僚たちだ。
「今時間ある人いるー?隣の課から応援要請されてんだけど」
 係長が困った顔でみんなに向かって言う。
「あ、はい、わたしが行きます」
 ぼくは詳しいことは何も聞かずに仕事を引き受け、そそくさと隣の課に向かった。ただの書類の発送業務だった。ぼくは単純作業が好きなので鼻歌を歌いそうになりながら、書類を一枚ずつ重ねて封筒に詰めていった。
 それが終わると自分の担当部署の係会議に出席した。各メンバーの仕事の進捗の報告と年度後半に向けてのさまざまな調整をしていく。
「で、下期の全課連絡委員を誰にやってもらえるかなんだけど……」
 と係長がゴニョゴニョ言うのでみんなは顔を上げずにもしょもしょと誰かに決まるのを待っている。
「あーわたしやってみたいんで、やります」
 ぼくがそう言うとみんながホッとした空気になる。実際に経験しておきたいというのもあるが、もしょもしょした空気がとても苦手なのだ。
 下期にはぼくは少し忙しくなるかもしれないなと思いながら執務室に戻る途中、隣の係の同期がプリンタの前で考え込んでるのに行き当たった。
「どうしたの?」とぼくが訊くと、単なるトナーの問題だった。ぼくはささっと備品置き場にトナーを取りに行って交換して使えるようにしてあげる。
「ありがとう」と言ってその同期は小さなバウムクーヘンをくれた。甘いものが欲しかったので大変嬉しい。
「ねぇ、今日行く?」
 ぼくが自分の机でバウムクーヘンを食べながら社長から全社員向けのダイレクトメッセージのメールを読んでいると、松永さんがグラスを傾ける仕草で飲みに誘ってきた。
「あ、今日ですか? 行きます行きます。やったー」
「やったー」
 仕事が終わると飲みに行く8人で会社を出た。夏の終わりの始まりらしく、ヒグラシが鳴いていて、ぼくなんかの若造でも風情を感じるほどだ。生ぬるい8月の風は、夏休みの終わりを思わせる。ぼくらは行きつけの韓国料理屋に向かった。
「慶ちゃん雨の日大変だったんだって?」と鈴木さんに訊かれる。ぼくの苗字は鈴木なのだけれど、先に鈴木舞さんがいたので、舞さんは鈴木さん、ぼくは慶さん(ちゃん)と呼ばれている。
「いやーずぶ濡れになっただけで実害はなかったですよー」
「十分実害でしょ」
「もしものためにパンツまで予備をロッカーに入れてたのは英断でした!」
「ほら、女がパンツとか言ってないで飲めよ」
 松永さんはそういうとぼくの空いたグラスに日本酒をたっぷり注いだ。韓国料理屋で日本酒を飲むのはあまりしっくりとはこない。でもぼくはそもそも酒についてはまったく知識がないので、勧められたものをなんでも飲むようにしている。
 20時になると家庭のある人たちが帰らなければならなかったりして解散するムードになった。ぼくは少しほっとして、ほっとした自分に嫌気がさす。電車が進んで駅に着いて一人、一人と降りていくと、そのたびに少しずつ安心していく。大丈夫、ぼくは今日も大丈夫だった。ぼくは今日も楽しかった。ぼくは今日もぼくをできた。
 最後に電車に残るのはぼくと松永さんで、同じ駅に住んでいる。ぼくは駅の東で、松永さんは駅の西だ。
 改札で「お疲れ様でした」と挨拶をして東に歩き出そうとすると、松永さんが呼び止めてきた。
「なぁ」
 ぼくは振り返って松永さんを見る。
「まだ早いからもう一か所行こう」
 確かにまだ21時前で、2軒目に行こうと言われれば行く時間だ。金曜日だったこともあり、ついていくことにした。
 駅の西側に出ると、すぐのところにあるコンビニエンスストアに松永さんが入るのでぼくも入店した。現金でも下ろすのかなと思ったけれどそうではなく、松永さんが迷いなくまっすぐ向かったのはアルコールのコーナーだった。「酒買っていこうぜ」と言われてぼくはスミノフアイスを飲むことにする。
 ぼくらはお酒とおつまみを買って店を出た。松永さんはまた迷いなくまっすぐ進んでいく。ぼくは一歩引いてついていく。
 松永さんは背が高くてすらっとしていて独身なので地味にモテるということをこの前先輩に聞いた。40歳すぎていてこの後ろ姿ならそれはそうだよなあとぼくは思う。
「こっち」
 そう言って松永さんは土手に登る階段を指差した。コンビニの袋を片手にズンズン進んでいくので遅れないように今度は少し早足でついていった。
 真っ暗な河原を少し歩くと「この辺にしよう」と松永さんは土手の端っこに座った。ぼくもその横に座る。そこは川と川が合流する地点で、たくさんの水の塊が別々の場所からやってきて交わってより大きな力で流れていく。しかし夜だからよくは見えない。
「ここいいでしょ?俺のとっておき」
「そうなんですか。よく来るんですか?」
「まあね」
 2人でそれぞれの酒を開け、乾杯をした。
 しかしそのあとは、すぐ黙ってしまった。松永さんは無言で缶ビールを飲み続ける。ぼくは何かしてしまったのだろうか。
 目を瞑ると大きな水の塊が流れていく音が聞こえる。夏の終わりの河原は少し寒い。
「なんか今日元気なかった?」
 唐突に松永さんがそう言った。
「いやわたし生まれてから一回も元気なかった瞬間って無いですよ」
「そういうのはいいから」
 松永さんは川面を見ながらそう言った。
「まあなんにもないならないでいいんだ。というか、なんにもない方がいいからな」
 ぼくは何も返せない。
「この場所、これからはお前も来ていいよ。朝、昼、夜。いつ来てもここはいいんだ。なぜ人は水に癒やされるのだろうねぇ」
 ぼくは黙ったままスミノフアイスを飲み干す。
「じゃ、帰るか」
 松永さんとぼくは立ち上がって別れを言う。
「誘ってくれてありがとうございました。あとお気に入りスポットも教えてくれて」
「おう。1人で帰れるか?」
「22歳っすよ……」
「だな。ぽんぽん冷やすなよ」
 笑い合ったまま、背中を向けてぼくたちはそれぞれの家に向かって歩き出した。
 真っ暗な河原を進んで県道と鉄道橋をくぐり、駅の反対側にあるぼくの家まで川沿いを歩いた。川を眺めながらたぶんお酒を飲んでいる人がたまにいる。ホームレスの人はこの辺りにはいない。
 家に着くとぼくは荷物を玄関に置き放したまま、洗面所で手を洗った。というか洗いまくった。これはぼくが子どもの頃からしている面倒くさい儀式で、どこかへ出かけて帰宅するととにかく手が気持ち悪くて、その気持ち悪さが落ちるまで洗い続ける。でも日中にそうした気持ち悪さはなく、日常生活になんらの支障も無いのでとくに専門家に相談したことはないし、専門家にしたって「あ、はい」みたいな感じだろう。初めの頃は母親にやめるように言われたが、そのうちに放っておいてくれるようになった。
 早々に寝ている母親と弟を起こさないようにこそこそ二階への階段を上る。自室にもどるとようやくほっとして、「あー疲れた」と口に出して言う。
 松永さんはどうしてぼくを誘ったのだろう。何か元気なかったかと訊いてきたからには、ぼくが困った顔をしていたとかぼくが暗い顔をしていたとかぼくがつまらなそうな顔をしていたとか、せいぜいその辺かなと思うが特に心当たりはない。いずれにしても、失態だ。ぼくは疲れにまかせて、風呂にも入らずに寝た。

02
 8月の最終週、珍しく毎日雨が降った。ぼくはもう無理して自転車に乗らないし、だからパンツも準備していない。ぼくは少し落ち込んでいるのだ。
 この前の飲み会の帰り、松永さんに言われたことが尾を引いている。「元気なかった?」とそう訊かれた。ぼくは一体どんな素振りをしてしまったのだろうか。自覚が無いことは直すことができない。どの振る舞いに、松永さんはそう言ったのだろうか。どうするべきだったのだろうか。もちろん考えても仕方ない。そう分かっているけれどぼくは、嫌だ。
「今日行く?」
 松永さんがまた後ろからグラスを傾ける仕草で訊いてくる。
「あーいや今日は、焼肉なんです、同期と!」
「へぇ、いいなぁ」
「なのでまた誘ってください」
 とっておきの笑顔のつもりの笑顔でぼくはそう言った。
「オッケー」
 そう言うと松永さんはぼくの机にバカウケを3個置いて去っていった。もしかしてぼく今失敗したのかな。松永さんの反応だとよく分からない。
 同期と焼肉に行くというのは嘘だ。ぼくは人間関係を継続させるのが下手で、同期なんか一人も付き合いがない。ぼくは、現にこの場にいない相手は、その人がぼくに何を望んでいるのかを推し量るのが難しく、結果として何もできず、人とどんどん疎遠になっていく。寂しいものだなといつも思う。薄情なやつだなと自分でも呆れる。
 
 終業時間になるとぼくはさっと机の整理をしてそそくさと執務室を後にした。いつもより早足で歩く。とにかく職場の勢力圏から逃げ出したかった。誰にも声をかけてほしくなかった。
 しかしどこ行く当てもなくぼくは、電車で嫌な気持ちになる。ぼくは必要の無い嘘をついてしまった。意味もほとんど無い。ただ失敗を避けるためだけの身勝手な嘘だ。もちろん嘘なんて本来的に身勝手なものなのかもしれないというのは置いておいて。
 でも仕方ない。飲み会を断って電車に乗ってしまったからには、問題はこのまま帰るかどこかに寄るかの二択だ。
 ぼくは迷った末に、あの川と川が合流する風景を見に行くことにした。松永さんは飲み会だから今日は少なくとも早い時間には現れないだろう。
 最寄駅の西側に出ると、この前松永さんがそうしたくらい迷いなくコンビニでスミノフアイスとチーカマを買い、土手に登って河原に出た。しばらく歩くと、川と川のぶつかる場所に着いた。夕焼けが、交わっていく川を、河原を、そこから見える対岸の街並みを、川の先に見える丹沢の山々を、さらに奥の富士山まで、すべて一緒くたに命の色に染め上げ、それは救いのある景色のようで、でもいっそ暴力的なまでに有無を言わさぬ強さを持った景色で、ぼくはわけもなく泣くのをやめられなくなる。
 ぼくは大丈夫なんだよな。ぼくは間違っていないんだよな。
 子どもたちが嬌声を上げてぼくの後ろを駆けていく。おじいさんがおばあさんと一緒に犬に引っ張られながら散歩をしている。お迎えのお母さんたちが自転車の後ろに子どもを乗せてなかなかのスピードで走っている。そういったあらゆることが、まるで奇跡のように感じる。ぼくも他人から見たら奇跡の一部みたいに思ってもらえるのだろうか。
 周りの人が驚くくらいの勢いでぼくはしゃくりあげながら泣いている。
「ほらやっぱりー」
 後ろからそう言ったのは松永さんだった。
「え、ずずっ、だんで、ずぴぴ、いるんですか?」
「だって絶対嘘だったもん、焼肉」
 松永さんはぼくの隣に座り、ぼくをなだめるために肩を叩いてくれた。
「もー」
「ふぇえ」
 そうしているうちにぼくは少し落ち着きを取り戻し、豪快に鼻水をかむ。
 松永さんはそれを見守ると、買ってきたスーパードライの蓋をとても素晴らしい音で開けた。
「ほら」
 と缶をこちらに寄せるのでぼくは自分のスミノフアイスを寄せて乾杯をし、松永さんにチーカマを渡した。
「まあ人は泣くもんだからさ、泣くのはいいんだけど」
「いやわたし泣いてません」鼻声がひどい。
「ホントもうそういうのいいって」
 松永さんはわたしの肩を軽く抱く。
「まあ飲もうぜ。泣いてるよりは楽しいだろ?」
「はい」
 ぼくは鼻をすすりながら頷いた。

 その日からぼくらは毎日のように松永スポットで会うようになった。職場を一緒に出ることは無く、仕事を先に終えた方が先に松永スポットで待つ。大抵は酒を飲んで野球の話をしたり、政治の話をしたり、昨日見たテレビの話をしたり、職場の人の噂の話をしたり、仕事についての話をした。お互いの話も沢山した。深い話も浅い話も時間も忘れて語り合った。とりとめのないその時間はとても楽しく、ぼくはほとんど人生で初めてかけがえのない時間を見つけることができたのだと思った。この瞬間は続くと心から、思えた。
 松永さんの何が他の人と比べて違っているのかぼくには分からない。ただ一つ、人の心に入ってくるのが上手いことだけは確かだ。その上で肯定も否定もなくそばにいてくれている。ぼくは松永さんがぼくに何を望んでいるかについては考えずに済んだ。だってそもそも考えたところで、ポーズが見破られるのは分かっているから。
 そしていつの間にかぼくは「ぼく」を使ってタメ口で話すようになっている。そんなこと家族の前以外では初めてのことだったから自分で驚いた。誰かに開く心を持ち合わせていたことが、嬉しいような不用心なような複雑な気持ちになる。家に帰って手を洗いまくりながら泣くこともあった。
 ぼくは松永さんが二羽のインコを飼っていることを知っている。ぼくは松永さんが男の人と住んでいることを知っている。ぼくは松永さんが病気であることを知っている。ぼくは。
 もう9月も終わりかけで、夜の河原は長袖なしでは涼しすぎるくらいだ。冬になったらぼくらはどうするんだろうとときどき不安になる。季節の移り変わりで友だちになったり友だちじゃなくなったりするわけはないと、知っている。でもぼくたちの親密性は松永スポットで見える景色や流れる時間の共有にとても大きく依存していて、それ無しでどうなってしまうのかぼくには分からないのだ。そもそも友だちなのか、確かめる気も術もない。松永さんにしてみればただ一緒に酒を飲んでいる便利な後輩の一人というだけなのかもしれない。
 ぼくは松永さんが来ない日も松永スポットで川を眺めている。いつの間にかぼくの日常の本当にごく普通の一つの習慣になっていて、雨の日でさえ駅の西側に出て川に向かう。当たり前に川の水は増し、流れも速くなっている。釣りをしてるおじさんも犬の散歩をしてるおばあさんも、誰もいない。そんな雨の河原で一人で二人の場所に立ち、いつかはこんな日が終わってしまうことを思い、世界中で一人きりになったような心細さでしばらく歩くことができなかった。

03
 10月になり寒い日が続き、ぼくは風邪を引いて二日間仕事を休んだ。熱が下がって会社に行くと、松永さんが再来週から別の部署に異動することになっていた。松永さんが前々からやりたいと言っていた仕事の部署なので、ぼくは心から嬉しく思う。もちろん同時にとても寂しい。でもぼくらなら、またあの場所できっと会えるはずだ。大丈夫なはずだ。
 ぼくは、なのに、それからはどうしても松永スポットに行くことができなくなってしまう。駅を降りて西へ行こう行こうと毎日思うのに、胸が苦しくなってしまい結局自宅に直帰してしまうようになる。よく晴れた日、松永さんが先に退社したときなど、きっと待ってくれているはずなのに、どうしても向かうことができない。
 会社では普通に接することができる。いつもどおりの仲の良い同僚同士の感じだ。ときどき雑談をして冗談を言ったり、お菓子を分け合ったりする。茶番だとぼくは思う。ぼくらは自分たちがそうしたいと言うよりは、ぼくらの関係性に他人に踏み込ませないために普段通りのぼくらを演じているにすぎない。そのときぼくはぼくのことをぼくと、言わない。
 そして今日もぼくは西に向かうことができず、でもどうしても寂しい気分がとれなくて家に帰ることもできず、駅の東側、ぼくの家がある方の河原に向かった。
 東側の河原を駅と反対方向にしばらく進む。新幹線の鉄道橋をくぐって歩いて、大きめの橋をくぐってさらに歩いて、人道橋を横目に少し歩くと、川と川が分かれる地点に着く。大きい本流と小さい支流に、川は分かれていく。
 ぼくは河原のそのちょうど川が分かれるところに腰掛けて川を眺める。松永さんのことを思ってみる。
 松永さんとはもともとすごく仲が良かったわけではない。元気がなかったらしいぼくを気にしてくれた松永さんが声をかけてくれて、それから毎日のように会うようになった。お互いしか知らないお互いのこともたくさん共有した。でも、ここ1ヶ月半の話だ。そう。まだだった1ヶ月半しか経っていない。
 だからぼくはきっと怖いんだ。ぼくらは長い時間をかけで仲良くなった友達同士じゃない。年齢だってぼくは松永さんの半分ちょっとだ。少しのことできっとこんな友情、友情と呼んでよければだけど、終わってしまうだろう。合流したばかりの川がほんの少し下流に行くだけでまた分かれていくように。
 例によってぼくは泣く。嗚咽を止めることもできない。釣りをしているおじさんが振り返る。地域猫に餌をやってるおばさんが大丈夫かと尋ねてくる。大丈夫ですといいながら泣き続ける。
 でも当たり前だけど松永さんは現れない。ぼくは一人っきりでひとしきり泣いて、滝のようにとめどない鼻水を必死で啜りながら一人っきりで家に帰って、そしていつも以上に手を洗いまくった。

 松永さんの異動前の最後の日がきて、課全体の送別会が開かれた。花と色紙を渡された松永さんは少し決まり悪そうにも見えたけれど、希望した部署への異動なので嬉しそうでもあった。
 松永さんと話さないまま一次会が終わり、大半の人が二次会へ行こうとする中、ぼくは帰路に着いた。誰とも話したくなかったので、誰にも挨拶もしないで会社の最寄りの隣の駅まで歩いて電車に乗った。
 地元駅に着くと、ぼくは本当に久しぶりに松永スポットへ向かった。松永さんは主役だから今日は二次会や、もしかしたら三次会まで参加するはずだ。だから今日はあの場所に来るはずが無い。ぼくはコンビニには寄らず、ただまっすぐ歩く。真っ暗な河原を歩き、いつもの場所に辿り着く。
 ぼくは川と川が合わさるその地点をただ眺める。大きな水の塊を、ただ見ている。
「なぜ人は水に癒されるのだろうね」
 初めてここで話したとき、松永さんはそう言った。
 水が人を癒す?
 今のぼくは水に癒されてなんかいない。ただひたすらにぼくは、空しい。流れ続ける水。とどまりはしない水。そして少し下流に行くだけでまた簡単に分かれていく、水。
 10月末の河原は寒く、ぼくは凍えながら川を見ている。目を閉じて川の流れる音を聞き、匂いを嗅ぐ。秋の透き通った風が吹き抜けて、ぼくは自分が飛ばされてしまえばいいのにと思った。
「よお」
 後ろから声をかけてきたのは花束を小脇に抱えた松永さんだった。
「え、なんで。二次会は?」
「だってお前と話したかったから。少ししたらまた二次会に戻るよ」
 松永さんはぼくの隣に座り、あったか〜い紅茶のペットボトルを渡してくれた。
「久々だな」
「うん」
「元気だったか?」
「うん」
「寒いな」
「うん」
 ぼくは松永さんに顔を向けることができない。
「俺さ」松永さんはそこで一呼吸置いた。「明日引っ越すんだよ」
 ぼくは何の反応も返すことができない。
「だからさ、お前とこうしてここで会えるのも今日が最後なんだ」
「もう来ないの?」
「結構遠くに引っ越すからな」
「そうなんだ」
「最後にお前に会っておきたかったんだ」
「なんで?」
「友だちだからだよ」 
 ぼくは黙る。
「楽しかったからだよ」松永さんは続ける。「お前はまた友だち作って、ここで過ごしたらいいよ。ここは俺のお気に入りだったけど、お前に譲るさ」
「本気で言ってんの?」
「ああ」
「……。分かった」ぼくは立ち上がった。「帰るね」
 ぼくは松永さんの反応を待たずに歩きだす。
「おい」
 松永さんは声をかけてくるけれど、追ってくることはしない。
 できる限りの早歩きをしてぼくは河原を歩いた。涙が止まらない。泣き声を我慢するために奥歯をぐっと食いしばって歩く。歯が痛い。絶望とか失望とか孤独とか怒りかなしみとか、気持ちに名前をつけるのも嫌なくらい胸がバクバク音を立てる。心臓とは別の心の塊みたいなものが、その振動に耐えきれず、潰れそうになった。

 家に着くとぼくは手も洗わずに自室に戻った。鞄とスマホをベッドに放り投げ、床に座ってニョロニョロうざったい鼻水をかんだ。かんでもかんでも溢れてくる。涙も止めることができない。
 ぼくはどうでもいい存在と思われてたんだ。代わりのきくただの二人組だったんだ。友だちだって言ってくれたけど、じゃあなんでああいう風に突き放すんだよ。
 だったらもう、ぼくだっていいよ。

04
 松永さんの後に課に来たぼくと同期入社の柚木くんは読書が趣味で、ぼくと話が合った。村上春樹を憎んでるのにその呪縛から解き放たれない自分たちの感じとか、舞城王太郎の主人公目線で全部説明しちゃうけど作者の本当の意図は分からないメタ的な構造が好きだとか、森見登美彦の最高傑作は「四畳半シリーズ」でも「夜は短し」でもなく「恋文の技術」だよねとか、司馬遼太郎はどの作品もすごく面白くて司馬史観に洗脳されそうになるよねとか、畠中恵の小説はオチが分かりきってても面白くて最後までぐいぐい読めるよねとか、朝井リョウの細部の書き込みヤベェとか、趣味が合う人が近くにいると楽しい。尊敬する人は夏目漱石だと言っていた。それはどうかな。柚木くんはシュッとしててスッキリした顔の好青年なので、芥川龍之介の方がイメージは合うなと思った。
 結局日々は繰り返しだ。松永さんがいようがいまいが同じように仕事をして、同じように雑談をして、同じようにぼくはぼくをこなす。率先して雑用を片付け、誰それとなく冗談を言い、毎日を順調に過ごしていく。それらの日々はちゃんと正しく、楽しい。
 でもその楽しさとは裏腹に、常に吐き気があってなのに吐けない気持ち悪さがずっと続いていた。家に帰るとこれまで以上に手を洗いまくっている。洗っても洗っても気持ち悪さが取れない。この気持ち悪さはなんなんだ。どれだけ洗えばいいんだよ。
 毎日10分以上手を洗い続けるわたしを心配したのか、弟が高いハンドクリームを買ってくれた。母親はやたらと唐揚げを作ってくれる。冷凍庫には常にアイスがある。ベッドの上の布団はいつだってふかふかにしてある。
 11月の半ばに入ると、ぼくと柚木くんは仕事帰りによく北幸スターバックスに行くようになった。寒いからフラペチーノは飲まない。今読んでいる本の話とか、好きな音楽の話。よく見る動画の話とか、やり込んでいるソシャゲの話。柚木くんとは趣味が合うので、会話が止まることがあまりない。ぼくは「わたし」でい続けるし柚木くんのプライベートなどまったく知らないけれど、居心地は悪くない。
 大学以来ぶりに、同年代の友だちができた。LINEの交換もした。たまに一緒にランチに行く。しょっちゅう並んで歩いて帰る。こういうのも悪くないなと思う。……悔しいけど松永さんの要望どおり。
 他の同僚には、松永さんのときとより余程親密に見えるらしく、付き合ってるという噂が隣の課まで流れている。いや噂というか、事実としてあけすけに冷やかされる。わたしのようなのとカップル扱いされて柚木くんが大変気の毒だと思うのだけれど、大して気にしてないように見えるので、わたしも気にせず並んで二人で帰る。
 そうしているうちに、松永さんとああいう形で離れた孤独や失望は和らぎつつあって、少しずつ松永さんの言っていたことや松永さん自身のことを考えることができるようになった。
 松永さん元気でやってんのかな。
 新しいお気に入りスポット作ったかな。
 また一緒に飲む人見つけたかな。
 気になるけどLINEもメアドもTwitterFacebookも知らない。スマホ持ってるかどうかすら知らない。それに知ってても何もできない。
 でもきっと元気に飄々とやってるだろうな。それでいいや。死んだわけじゃないし、またいつかなんでもなかったみたいに会えるかもしれないしな。そのときには今よりもっと成長して、前よりもっと同じ目線で話ができるようになりたいな。
 とか思ってると、松永さんが死んだ。12月の晴れた水曜日だった。単純な交通事故だ。ブレーキとアクセルを踏み間違えた車に轢き飛ばされ、車と建物の間に挟まれて即死だった。車を運転していた人は、生きてる。
 ぼくはそのことを出社してから知った。泣いている人がたくさんいる。ぼくも泣く。でも静かにしんしんと。
 柚木くんが来て、みんなが泣いているのを見て驚く。柚木くんは松永さんの代わりにこの部署に配転されたので松永さんを知らない。だから率先して職場の朝の雑用を当番でもないのに片付けてくれる。ゴミをまとめ、段ボールを縛り、新聞を縛り、ブラインドを上げる。「ちょっと寒くなりますよ」と言って窓を少し開ける。
 ぼくは自分の席に座り、早く泣き止むように歯を食いしばり、左手の甲を右手の指でつねる。鼻水をすすりながらPCを立ち上げ、出社登録をして予定を確認して、今日のタスクを手帳に書いていく。
 朝のミーティングで松永さんの死が課長の口から改めて伝えられ、ぼくらは黙祷を捧げた。黙祷が終わっても、ぼくは椅子に座って、あの頃のことを思い出している。

「ねえ、ぼ、わたしさぁ」
「『ぼく』でいいよ」
「えっ?」
「一人称、本当は『ぼく』なんだろ」
「……うん」
「ここで気にしなくていいよ」

「星座って全然わからないけど、冬の澄んだ空のあのオリオン座の存在感だけは半端ないよね」
「あの三連星の右下の星を、ミゲルって言うんだぜ」
「それは遣欧少年使節でしょ!」

「今日うち帰ったらすきやき」
「いいなー。うちは何かな。アジフライだといいな」
「渋いな」
「最近エビフライよりアジフライが好きになってなんか加齢を感じるよ」

「うちインコ二羽いるんだけどさ、言葉喋るの」
「なんて言うの?」
「さとし おきろ おきろ」
「わはっ」
 「さとし」は松永さんの下の名だ。
「じゅんぺい コーヒーくれ」
「へえ、そんなことまで覚えるんだ。じゅんぺいって友だち?」
「俺ね、純平と二人暮らしなのもう10年以上。あいつは、まあだから、人生の連れみたいな」
「愛してんの?」
「愛してんの」

「うわーーー今日は日本酒の気分」
「買いに行くか!」
「行く!」

「俺ね、病気なの。線維筋痛症っていう病名が一応ついてるけど、薬飲みまくって痛いのを抑えてるんだよ」
「今も痛いの?」
「痛い」
「死ぬの?」
「死なない。一生痛いだけ」
 松永さんは笑って言う。「内緒な」

「慶さんって!」
「はっはい」
 我に帰って横を見ると係長が立っている。困った顔をしているように見える。
「ちょっとパソコンで教えてほしいんだけど」
「あ、オッケーです」
 ぼくは鼻を啜りながら係長の席に向かい、何度目になるかもはや分からない「Nam Lock解除」を教える。「ありがとう」と言って係長はうまい棒シュガーラスク味をくれた。係長も泣いてはいないものの、まだ当たり前に下を向いて落ち込んだ顔をしている。当たり前だ、元部下が死んだのだ。
 通夜と葬儀が済みしばらくしても、職場では雑談もほとんどなく、おはようやさよならを言うことすらも気が引けて、誰も飲みにも行かなかった。ぼくも終業後、とにかく早く片付けてその勢いのまま街を歩き、電車に乗り、窓の外を眺めた。毎日それを繰り返した。柚木くんとスターバックスに行くことも無くなった。家に帰ると、母親が止めるまで毎日毎日手を洗いまくった。どうしても止めることができない。医者に行けと言われた。仕事を休めと言われた。でもみんなが必死で働いているのに自分だけ休むなんてできない。医者にだって、行きたい人はいない。ぼくはぼくでありたいだけだ。ぼくがぼくであるためには、目下このバカみたいな手洗いの儀式が必要なのだ。そうだ、ぼくは明日もぼくをやらなければならない。ぼくは、いつまでも落ち込んではいられない。

05
 ぼくはまた笑うことから始めた。朝一番に出社して、雑用を片付ける。一人また一人と同僚が執務室に入ってくる度、おはようございますの挨拶する。そのときぼくは、精一杯の笑顔でいる。つもりだ。
 最初は怪訝そうに見てきた同僚たちも、一週間もすると表情が柔らかくなり、笑って挨拶をし返してくれるようになった。いいのか悪いのか、雑談も増え、職場の雰囲気は温かさを取り戻す。一人アウェイだった柚木くんもホッとした顔で話しかけてくるようになった。
 日々は続く。誰がいなくなっても。
 けれどぼくはやはり手を洗い続けた。涙が止まらず嗚咽を漏らしながらひたすら手を洗い続ける娘をどうすればいいのか、弟にも母親にももちろん分からない。ぼくですら分かっていないのだから当然だ。突破口が無い。だから暫定的に洗い続けるしか無い。
 金曜日、久々に同僚6人と飲みに行った。松永さんの話は出ない。仕事の愚痴、面白かった出来事、好きな芸能人の話、嫌いな芸能人の悪口、美味しかったピッツェリアの話、流行ってるチョコレートの話。おにぎりの具は何が好きか、タピオカって一体何なのか。係長が横浜マラソンに出るって話、課長はホノルルを走るって話。
 ぼくは少し冷めた目をしていたかもしれない。場がお開きになり、赤い電車にみんなが乗り込み、駅に着く度次々と降りて行き、乗り換える駅からは一人っきりだ。松永さんはもういないから。
 長いエスカレーターを降り、改札を抜けて急行列車に乗り込む。ぼくは一人になって心底ホッとした。電車のドアポジをキープして流れる景色を見る。でも反射で自分の姿が映る。そのとき当たり前だけどぼくは笑っていない。このままぼくは家に帰り、また家族を悩ませるほど手を洗うんだ。そう思うと家に帰るのが申し訳なくなった。母親も弟も、悲しくなるはずだから。
 ぼくは最寄り駅で電車を降り、ひとまずコンビニに寄る。お酒のコーナーには松永さんがいつも飲んでいたスーパードライが並んでいる。胸がズンとして目線を下にずらすと、今度はぼくがいつも飲んでいたスミノフアイスが売られていた。
 5分悩んだ。特別何かを考えていたわけではない。単に買うか買わないか、つまり、松永スポットに行くか行かないかで悩んだのだ。意を決して、ぼくはスーパードライスミノフアイスと松永さんがいつも食べていたチーカマを買った。
 12月の夜の河原は寒い。ぼくはコートの襟を立てて歩いているけれど、身体はすぐに冷え切ってしまう。いつもの場所まで早足で行き、腰を下ろす。そしてスーパードライを開け、チーカマの袋を剥き、スミノフアイスのキャップを開けて、ぼくは一人きりで二人分の乾杯をした。
 松永さんと最後に会ったのもここだった。友だち作れって言われて拗ねて帰ってしまったあの日だ。
 そのとき笑い合ってなかったことに対する後悔は、ある。大人気なかったよなと、思う。
 でもそれは今だから見える話だ。当時の自分に当てはめたらさすがにフェアじゃない。あのときのぼくにはあれが精一杯だったのだ。でもなのに、この気持ち悪さは、なんだ。この空虚さは、なんなんだ。
 スーピューと鼻水を啜りながらスミノフアイスを飲んでいると、背後からぼくを呼ぶ声がする。
「慶」
 柚木くんだった。
「なんで?」
「いやだって最近のあなたスーパー心配だったから。ストーキングしちゃった」
「まじで。ずずっ。家どこだっけ?」
三ツ境
「全然違うじゃん。ぐずっ。何やってんの」
「だからストーキングって言ったじゃん」
 柚木くんはあったか〜い紅茶を渡してくれた。松永さんもくれたことあったな。キャップを開けて一口飲むと、心にもあったか〜い気持ちが少しだけ出てきた。
「最近頑張ってたもんな、慶」
「何その上から目線」
「みんな分かってるよ。慶が頑張ってくれたって。多分だけど」
「あはっ」
「まあ一番感謝してるのは俺かな。まじ居場所無かったし」
「ふふ」
「俺じゃ松永さんの代わりにならない?」
 柚木くんは暗い川を見つめたままそう言った。
「誰も誰かの代わりにはならない」
「ふむ」
「うん」
 ぼくも川を見つめたままだ。
「だから柚木くんの代わりもいない。わたしは柚木くんにだって死んでほしくない」
「俺も慶には生きててほしい。だから来たんだ」
 柚木くんは今度はこちらへ向き直ってそう言った。
「死にそうに見えた?」
「すでにこの世の顔してなかった」
 少し無駄話をしてぼくの涙が止まると、柚木くんは「じゃあな」と言って駅に向かった。ぼくは「ありがとう」を言いそびれたことに気付いたけれど、また来週伝えればいいやと思った。きっとお互い生きてまた会えるから。
 柚木くんとの温かい時間を思うと、どうしてそれなのに孤独は埋まらないんだろうと不思議になる。仲良くしてる人が、あれだけぼくを気にかけてくれて、少しでも気持ちが軽くなるようにしてくれている。ここまで追いかけて来てくれた。苦しくなるくらい嬉しかった。
 なのに松永さんがいなくなった穴は一ミリも埋まらない。寂しくて仕方ない。会いたくてどうにかなりそうだ。また涙が止まらなくなる。
 でもぼくにはもう分かっていた。柚木くんが来てくれて気付いていた。誰かの不在による孤独は誰かの存在によって埋められたりはしない。何かで沸いた感情は、別の何かで上書きされたりはしない。
 それはみんなそうで、だから人は慈しみ合えるのかもしれない。だからいなくなったときの分まで、今のうちに思いやっていけるのかもしれない。
 ぼくはいつか柚木くんの前で自分を「ぼく」と言えるようになるかもしれない。柚木くんはぼくにびっくりするような打ち明け話をするかもしれない。
 でも。
 ぼくは松永さんの死を乗り越えることは多分一生できない。ぼくのこの孤独さは誰によっても絶対癒されたりはしない。
 だから生きていく人の中にあって、ささやかな喜びを共有しあえたり笑いあったり大事にしあうことで、誰かを失った傷が癒えたり孤独さが埋まったりしたと少しでも感じる瞬間が、たまらないんだ。
 だからぼくらは生きていくんだ。生きていけるんだ、今日も。

 川と川とが混ざり合い、数百メートルもするとまたすぐに二つの川に分かれる。川は混ざり合ったのと同じ二つの川に分かれるけど決して元の水には戻らない。ぼくらはみんないつかは出会い、そして容赦なく分かれていく。
 もう二度と戻れない瞬間瞬間の自分を思い、ぼくは少し、泣いた。