おしるこ跡地

餅食い過ぎ

<052>りんごりらっパンダorパンツ

記事数がわかるようにキヨさんに倣って記事タイトルの前に数字を振ってるんだけど、すでにしてすごいな。さすが無職。

今日は冴えない一日。それでも一日って終わっちゃう、残酷やなあ。

虐殺器官を一日置いて、主人公と、ルツィアとポールとのやりとりを再度読んでるけど、ラストに向かってかなしいもんだなあ。

それはそれとして、かつてはてなブログの界隈で短編小説を書きっこする企画をやってくれてたひとがいるんだけど、その時の自分の小説を読み返すとひどい。文体はかなり違うなあ。

というわけで、日記に紛れて置いておきます。あくまで日記です!

 

*タイトル「リンゴリラッパンダと歌う世界」
 控えめな宝石箱を試しにひっくり返してみたみたいに中途半端に綺麗な炭鉱の夜景の中に空から女の子が落ちてくる。そんな設定がどんなに馬鹿げてるとしたって、そこには夢とロマンがあって、新は毎晩その美しい光景を思い浮かべずにはいられなかった。炭鉱で働いたらひ弱な自分は多分倒れてしまうと新はきちんと知っているし、その女の子がブサイクだったらもしかしたら後悔するとも思っているし、そもそも子供なのに働きたくなんて絶対にないからその夢想は実現しなくて本当の本当に一向に構わない。それでも新は子どもの頃からその光景を繰り返し眺めてきた、頭の中で。

 リビングに広がるトーストの匂いが新は好きだ。また今日もおんなじ一日が始まるんだと身体中がぞわぞわするようで、でもそれは本当にちゃんとおんなじ一日が始まることなんだと心の底から安心する。
 トーストをかじっている新の傍にメロスが近寄る。ニャオと鳴いたり鳴かなかったりする。もう年だからあまり騒いだり駆け回ったりはしない。リビングの窓辺で日の光を浴びながら寝ているのがほとんどだ。新が部屋から出てリビングにくるときだけ、動きを見せる。撫でてやると、満足して、また窓辺に戻って行く。窓の外には庭があり、窓の中にはネコ用の座布団が敷いてある。新は思う。なんたる恵まれた生活!ぼくもメロスになりたい。でもやっぱり嘘。いや本当かもしれない。分からないし、まあ人生に取って1ミリも関係無い思案だな、これは。どうでもいいや。新は、メロスに付き合って窓から庭を眺める。マンションの庭なので狭い。でもスズメが来たり近所の犬がフェンスの網目越しに覗き込んできたりと生き物を眺めることも出来る。母親が花を育てているので、それなりに見所のある庭だ。今日はスズメは来ていない。メロスはスズメをじっと見ているのが好きだ。多分頭の中では狩りをしているのかもしれない。新はいつもそう思っている。メロスの白い毛は、太陽の光を浴びると、本当に綺麗だ。新はメロスの白い毛に顔をうずめる。 
「テストの勉強した?」と母親が新に綺麗にカットしたリンゴを差し出す。
「そこそこ」と新はリンゴを口に入れながら返す。本当は、それほど勉強をする時間が無かったとは言えない。
 ここのところリンゴを見ると気が落ち着かないのをきちんと隠せているのか、新は心配になる。新には、いま、親にも友達にも言えない秘密があった。炭坑に落ちてくる女の子にも匹敵するそれは、本当は世界の在り方そのものを揺るがすかもしれないことだった。


 *

 前から大きな光の玉が迫ってきて「あ、これもう死んじゃうやつだ」と咄嗟に判断してチグリスは早々に諦める。
 光の玉の到達をぼんやりと待っていると、斜め後ろから「Aだ、A」という声が聴こてチグリスは我に返る。「死んじゃう奴だじゃねーよ!やべー!」NWベルトのAボタンを連打すると、ガードが発動してチグリスの前で透けたダークグレーの光の壁がイゴノスの放ったをイルウィルを跳ね返す。
 イゴノスが自分の攻撃の反射でひるんでいると、ルカがジェネリック・バレットを発射する。それはイゴノスに正しく命中し、イゴノスは動かなくなる。
「あぶねかったー」とチグリスが胸を撫で下ろしていると、後ろからルカが駆け寄ってくる。「おいお前戦闘中にあんまりぼっとしてるとやべーぞ。いくらイゴノス相手だっつったってさー」
「分かってるって。悪い、サンキューな」
 チグリスはガードをしまいながら答える。
「なんでガードすぐに出さなかったんだ?」
 ルカが当然の疑問を投げかける。
「あと2回分の攻撃くらいは保つだろ? いくらそのガードだって」
 チグリスの使用しているガードは支給品の粗悪なガードだが、たしかにあと2回分くらいの攻撃は防げるはずだった。
「うん。なんかぼーっとしてた」
 チグリスは下を向きながらも、明るい声で答える。
「らしくねーな……あんまり気にすんなよ、リズのことは」
 ルカは新の肩を叩きながら、そう言う。
 二人は動かなくなったイゴノスの身体に近寄る。念のためNWグラスで活動レベルを確認するが、確かに無力化されている。比較的大きな個体だったので、こぶりの象くらいのサイズがあり、住宅街の細い道路を塞ぐように倒れている。
「イゴノス持って帰るの面倒だな」
「よく意味が分からないしね」
「チグリスが持って行けよ」
「ぼくが無力化したわけじゃないから、いいや」
「俺もいいよ」
「ぼくはいやだよ」
 最終的には、NWの就業規則でアクターを倒した人間が持ってオフィスに帰庁することになっていることから、ルカは舌打ちをしながらWボールをイゴノスの額に当ててイゴノスをボールに閉じ込める。
「リンゴリラッパンダ」
 二人は声を揃える。Wボールにアクターを回収しきったのを見届けて、目を合わせて笑う。Wボールの大きさはちょうどこぶりのリンゴほどなのだ。二人で笑うこの瞬間には、チグリスもルカもNWという任務から離れた笑顔になる。
「ほんと、いつも同じこといって大変恐縮ではゴザイマスが、サイズが小さくなる分軽くなればいいのになー」
 ルカは忌々しそうにWボールを眺めながら言う。
「まあ、質量保存の法則ってのがあってだね」
「こんなぶっ飛んだところで質量保存の法則も何もあるもんか」
「それでも無力化したイゴノスは見た目よりはずっと軽いじゃん」
「軽いっていったって3キロ以上はあるからな。今日俺無力化するの4つ目だから全部で15キロくらいあるんだぜ」
「ぼくは今日は1個だけだし、結構こぶりだったから、1キロ無いくらいだなあ」
「だからこれ持ってっていいって」
「いや、無力化した方が持って行くことになってるでしょ、就業規則で」
「変なところだけ決まり守るんだからなー」
 二人だけで組んで行動するようになってからは、毎回似たような言葉のやりとりを繰り返している。アクターの種類が違っても、時間や場所が様々であっても、やりとりは同じだ。

 二人は今日、並木地区に出没したアクターを5匹無力化した。コンビ行動なので、5匹でノルマ達成だ。普段なら時間まで他のコンビやトリオの応援に回ることが多いチグリスとルカだが、チグリスの不調を鑑みて、今日は海辺で時間をつぶすことにした。
 並木地区からは歩いてすぐのところに海に面した公園がある。公園には浜辺もある。近代化が進んだこの都市では唯一海水浴のできる浜辺だ。浜辺ではいつもどおり子どもたちが砂を舞い上げて走り回っている。二人は少し離れたベンチに座って、海を眺める。昨日観たテレビのアイドルやゲーム、少年らしい話題が続く。

「キャッチボールしようぜ」
 ルカはそう言ってNWグラスを外し、チグリスのボールホルダーからアクターの入っていない空のWボールを取り出して、チグリスに向かって放り投げる。
「壊したら怒られるのぼくだよ」
 一応文句を口にするものの、チグリスはすぐにベンチから立ち上がって、同じようにグラスを外して視界を明るくしてから、ルカにボールを投げ返す。
 ルカは野球が好きで、キャッチボールのときにはいつも様々なピッチャーの投球フォームを真似して投げるのだが、今日はしない。
 おそらくリズのことを考えているのだろう。チグリスはそう思った。 二人でキャッチボールを始めると、リズがいつも仲間はずれにされたのを拗ねるのを、二人はいつも楽しんでいたのだ。
「ぼく明日化学のテストだよ」
 沈黙を破るようにして、チグリスが世間話を始める。
「へー、範囲は?」
「気体の状態方程式とかのあたり」
「おー、化学専攻の俺様が直々に教えてやろうか」
「ほんと? ぼく化学苦手なんだよ」
「まあでも今日は時間も無いし、今度本屋で学参選んで一緒に勉強しようぜ」
 空は明るいし子どもたちが元気に走り回っているが、もうじき朝の五時になるところだ。
「そろそろ行こう」
 二人は海から10分ほど歩いたオフィスに帰庁して、Wボールを回収担当に渡し、上司に報告を済ませ、別れる。別れたあとは、自分のロッカーでスーツやグラスなんかを外して、リーダーにカードを読み取らせたら、すべての業務が終わる。今日の仕事はこれでおしまい。 チグリスは新として、ふかふかのベッドでいつも通り朝を迎えることになる。
 多分ルカも同じようにして家に帰るのだろう。でも、そんなこと、確認し合ったことがないので、チグリスには分からない。二人が共有しているのは「リンゴリラッパンダ」と歌う世界に生きているということだけだ。 ルカにも自分のように現実の自分がいるのか、帰る場所がちゃんとあるのか、新には分からない。それは新の世界とは関係が無く、チグリスでいる最中にあっても気にしても仕方ない問題だ。


 *

 新には目が覚めて時刻を確認するクセがついた。大体は午前五時になるように調整してからチグリスが任務を終えるので、そこで一度目が覚める。時間がある日は七時まで二度寝をするし、無ければそのまま起きてしまうこともある。
 新とチグリス。チグリスと新。そのような二重の生活をするようになってからも新は、チグリスが自分なのだとは思えなかった。確かに記憶を共有している。チグリスは新の記憶を確かに持っている。だから明日のテストの話をルカに愚痴ることもある。逆にチグリスの戦闘の記憶は新にも引き継がれ、任務にあたった翌日は新の身体はけだるく、頭は重く、頭と身体を何らかの形で共有しているらしいのは感じていた。
 それでもやはり新でいるときの、チグリスの実態の無さ、死んでしまった仲間の存在感の無さは、それが現実のものではないと思わせるのに十分だった。チグリスはリズの死を前にして泣いた。新は起きてから泣くことができなかった。リズって誰なんだ。そもそもチグリスって誰なんだよ。新はそう思った。それでも新は戦い続けている。

 新がチグリスとしてNWの任務にあたるようになったのは、半年程前からだ。新は、夢の中で迷い込んでしまった世界だと思っている。あるいはただの夢なのかもしれないとも疑っている。しかし新には、戦う理由がある。

「この世の中にある悪意と、この非実在の世界で戦ってもらう必要がある」
「夢だと思ってもらっても構わない、けれど現実の世界に蔓延る悪意とは誰かが戦わなければならない。それがここだ」
 
 初めてチグリスとなった日に受けたNW研修の内容だ。何の説明にもなっていない。新はそう思った。できることなら目を覚ましてしまいたかった。だがチグリスはその運命から逃げられないことを感じた。チグリスは戦うことを受け入れたのだ。だから新には選択の余地がなかった。
 新がチグリスとしての世界を持ってしまったこと。それが新がチグリスとして戦う唯一の理由だった。チグリスとしての自分が死んでしまったらどうなるのか、考えて眠れない夜もあるが、それでも新は戦い続けるしかできない。
 新はチグリスでいるとき、死んでしまったリズを思う。仲間であるルカが、死んでしまったリズを思う気持ちを汲み取って、キャッチボールやバカ話をすることだってある。そのどれもが新にとっては現実感の無いものだ。それらはチグリスの物語なのだ。でももうどうしようもないのだ。
 それにしても、と新は思う。回収した無力化されたアクターは、どうなってしまうのだろう。悪意が無力化されたとして、その意思はその先は一体何に使われるのだろう?

 新は最後ひとかけのリンゴを飲み下す。「いってきます」と母親に声をかけて、いつも通り右足から靴を履いて、玄関を出る。